로그인翌朝。
須藤グループ本社。
弘人は朝から会議続きだった。
監査対応。
取引先への説明。
役員会議。
休む暇もない。
社長室へ戻った頃には、
昼を過ぎていた。デスクへ腰を下ろす。
そのとき。
秘書が一枚の資料を差し出した。
「こちら、ご確認ください」
弘人は受け取る。
内容を確認する。
契約保留に関する報告書だった。
また一件。
弘人は眉をひそめる。
最近はそんな報告ばかりだ。
◇◆◇
午後。
社長室。
弘人は一人で資料を見ていた。
ふと手が止まる。
椅子へ深くもたれた。
視線が窓の外へ向く。
何も考えない時間は久しぶりだった。
そのとき。
不
天野悠が麻衣子に出会ったのは、まだ新人モデルだった頃だ。右も左も分からず、自分を騙そうとするような人間がいることすら知らなかった。先輩から困っていると言われて、何度も金を貸した。挙句の果てには借金までして金を用意した。その頃の天野は、自分の人生を自分で選ぶ方法すら知らなかった。そんな時、麻衣子が現れた。当時すでにMayとして知られていた彼女は、偶然その事情を知ったらしい。天野からすれば救いの手だった。けれど麻衣子にとっては、ただ不愉快な男を片付けただけだったのかもしれない。「ありえないわ」そう言った彼女の顔を、天野は今でも覚えている。怒っていた。自分のために。誰かが自分のために本気で怒ってくれることが、あんなにも心強いものだと、その時初めて知った。麻衣子は早かった。自分の力を使い、先輩の悪質なやり口を表に出した。それだけではない。天野が背負わされていた借金まで肩代わりしてくれた。そのときの彼女は、軽い口調で、何でもないことのように言っていた。まるでその程度の金額、大したことではないように。だが天野にとっては違った。人生を救われた。文字通り、未来を取り戻してもらった。それからしばらくして、天野はモデルを辞めた。法律を学び始め、霧島の事務所で働くようになった。最初は恩返しのつもりだった。いつか誰かを守れる人間になりたい。あの時、麻衣子が自分にしてくれたように。そう思った。そして、数年後。麻衣子は離婚しようとしていた。夫に裏切られ、流産し、それでも前を向こうとしていた。天野は何も言えなかった。彼女はまだ既婚者で、自分はただのパ
離婚成立から三か月後。弘人は重い足取りで役員会議室へ向かっていた。最近、この部屋へ入るのが嫌だった。会議室の空気は冷えている。以前のような余裕はなかった。役員たちの視線も厳しい。監査問題が尾を引いているからだ。「辻本元秘書の件ですが」資料が配られる。弘人は黙って目を通した。そこには短い記事が添付されていた。『元須藤グループ秘書の辻本彩花容疑者、業務上横領の疑いで逮捕』監査で発覚した不正経費処理。私的流用。刑事告訴。そして逮捕。会議室には重い沈黙が流れる。やがて一人の役員が口を開いた。「社長」弘人は顔を上げる。「管理責任について、どのようにお考えですか」厳しい声だった。弘人は答えられない。別の役員も続く。「株主総会で説明が必要になります」「社長秘書の不正です」「会社として無関係では済みません」弘人は拳を握った。反論できなかった。監査が始まった頃なら違ったかもしれない。だが今は分かる。見ようとしなかったのは自分だ。彩花を信頼していた。いや。信頼ではない。何も確認しなかっただけだ。それどころか、野放しにしていた。その方が自分にとっても都合がよかったから。会議は予定より長引いた。終わった頃には、弘人の肩にはさらに重い責任が乗せられていた。社長室へ戻る。机の上には新しい資料が積まれている。その一番上にあったのは広報部からの報告書だった。May大型プロジェクト第二弾&nb
離婚成立から一か月後。麻衣子は都内のカフェにいた。窓際の席。目の前には見慣れた顔が座っている。「お待たせしました」天野が少し慌てた様子で席につく。「十分早いわよ」麻衣子は笑った。相変わらず真面目だ。待ち合わせ時間の十分前には必ず来る。注文したコーヒーが運ばれてくる。二人は近況を話した。仕事の話。事務所の話。最近見た映画の話。他愛ない会話ばかりだ。気付けば、こうして会うことも増えていた。離婚協議が終わってからも。麻衣子と天野の関係は変わらなかった。いや。少しだけ変わったのかもしれない。以前より自然に笑うようになった。以前より気を遣わなくなった。そして何より。以前よりずっと気楽だった。「そういえば」天野が口を開く。珍しく落ち着かない様子だった。コーヒーカップを持ち上げては置き。また持ち上げる。麻衣子は吹き出した。「何?」「いえ……」「その反応は絶対何かあるわよね」天野は観念したように息を吐いた。そして背筋を伸ばす。まるで面接でも受けるような顔だった。「実は」「ええ」「お願いがありまして」麻衣子は思わず笑う。「何よ。そんな改まって」天野は数秒黙った。耳が少し赤い。緊張しているらしい。それが分かった瞬間、麻衣子は余計におかしくなった。「もし」天野がゆっくり言う。「もし僕が司法試験に受かったら」そこで一度言葉が止まる。「――僕と、付き合ってください」
休日の昼。麻衣子は駅前のカフェへ向かっていた。待ち合わせ相手は天野悠。離婚前なら少し気を遣っただろう。だが今は違う。友人と食事へ行く。それだけの話だった。店へ入ると、すでに天野が席についていた。麻衣子の姿を見つけると立ち上がる。「こんにちは」「待った?」「いえ。五分くらい前に来ただけです」相変わらず真面目だ。二人は向かい合って座る。注文を済ませると、天野がほっとしたように笑った。「こうして会うの、久しぶりですね」「そう?」麻衣子は首を傾げる。「離婚協議のたびに顔を合わせてた気がするけど」「それは仕事です」天野が苦笑した。「今日は仕事じゃないので」確かにそうだった。霧島の事務所。打ち合わせ。離婚協議。そういう場では何度も会っている。だが今日は違う。誰にも急かされない。時間を気にしなくていい。ただ食事をするためだけに会っている。料理が運ばれてくる。しばらくは他愛ない話が続いた。最近の仕事。流行っている店。共通の知人の話。気付けば自然に笑っている。「何だか顔色が良くなりましたね」天野がふとそう言った。麻衣子はスープを飲みながら笑う。「そうかしら」「そうですよ」天野は頷いた。「離婚協議が始まった頃は、正直かなり無理をされていたと思います」麻衣子は少しだけ考える。否定はできなかった。あの頃は毎日が必死だった。仕事を再開したばかり。離婚協議もある。弘人や彩花の問題もある。前を向いているつ
離婚届が受理されてから数日後。麻衣子は珍しく何の予定も入れていなかった。朝。目が覚めても急いで起きる必要がない。スマートフォンを確認する。仕事の連絡はいくつか来ているが、どれも急ぎではなかった。ベッドの上で大きく伸びをする。「……平和ね」思わず呟く。こんな朝はいつ以来だろう。結婚していた頃は、いつも何かに気を張っていた。弘人の予定。食事の準備。帰宅時間。機嫌。離婚を決意してからは離婚協議。仕事の再開。SNS。案件。気付けばずっと走り続けていた。スマートフォンが震える。画面を見る。天野だった。『今日はお休みですか?』麻衣子は吹き出した。『どうして分かったの?』すぐに返信が来る。『朝からSNSが静かだから』『珍しいなと思ったんです』麻衣子は笑う。確かにそうだった。最近は毎日のように何かしら発信している。『正解』『今日は何もない』『だからダラダラしてるの』送信する。すると。『それは良かったです』『少しは休んでください』まるで保護者みたいだ。年下の癖に。麻衣子は苦笑した。『あなたは?』『今日は休みです。おそろいですよ』麻衣子は画面を見つめる。おそろい、だなんて。少しだけ照れ臭い。昔なら。こういうやり取りをしているだけで罪悪感を覚えたかもしれない。既婚者だったから。誰かの妻だったから。だが今は違う。誰に遠慮する必要もない。窓の
「Mayさん、お疲れ様でした!」拍手が起こる。麻衣子は笑顔で頭を下げた。大型プロジェクトの発表会は大成功だった。予定時間を少し延長するほど会場は盛り上がり、企業側の担当者も満足そうな表情を浮かべている。控室へ戻ると、スタッフたちが次々と声を掛けてきた。「SNSの反応もすごいです」「トレンド入りしてますよ」「追加案件の問い合わせも来ています」麻衣子は苦笑した。「そんなにですか?」「そんなにです」担当者が力強く頷く。忙しい一日だった。だが疲労感は不思議と心地良い。自分の仕事が評価される。必要とされる。かつての麻衣子が欲しかったものが、今は自然に手の中にある。イベントが終わり、スタッフへ挨拶をして会場を出る。外はすっかり夕方になっていた。スマートフォンを確認する。仕事関係の連絡がいくつも届いている。その中に、一件だけ見慣れた名前があった。天野悠。『終わりましたか?』短いメッセージだった。麻衣子は思わず笑う。『今終わったところよ』そう返信する。すると、すぐに返事が来た。『お疲れ様でした』『近くにいるので、お祝いにご飯でもどうですか?』麻衣子は足を止めた。以前なら。誰かに誘われても、まず弘人の予定を考えていた。夕食はどうしよう。帰宅時間はどうしよう。そんなことばかり気にしていた。だが今は違う。誰の許可もいらない。誰に遠慮する必要もない。『いいわね』そう返信する。送信ボタンを押した瞬間。胸の奥が少しだけ軽くなった。駅前のカフェ。先に到着していた天野が
協議終了後。会議室には弘人と代理人弁護士だけが残っていた。資料を片付けながら、弁護士が口を開く。「本日はお疲れ様でした」弘人は小さく頷く。正直なところ。疲れていた。仕事とは違う種類の疲労だった。弁護士は手元の資料へ目を落とす。「本日の協議ですが」事務的な口調だった。「先方は離婚の意思を維持されています」弘人は黙って聞いていた。予想外ではない。むしろ予想通りだ。それでも。第三者の口から聞くと重かった。「財産関係についても整理されていました」弁護士は続ける。「協議そのものは進めやすいと思われます」それは良いことのはずだった。本来なら。だが弘人は複雑な
数日後。都内の法律事務所。弘人は応接室にいた。向かいには顧問弁護士から紹介された弁護士。机の上には資料が並んでいる。離婚協議申入書。財産関係の概要。最低限の情報だけだ。「まず現状を整理しましょう」弁護士が資料へ目を落とす。弘人は黙って聞いていた。「奥様側は既に代理人を選任されています」「正式な協議申入れも行われています」事務的な説明だった。感情はない。
深夜2時15分。麻衣子は自分の部屋で、壁の向こうから聞こえてくる甘い吐息とベッドの軋む音に、とうとう耐えきれなくなった。(もう……我慢の限界)震える指でドアを開け、廊下を進む。足音を殺して寝室の前に立ち、深く息を吸った。——ガチャ。ノックもせずにドアを開けた瞬間、麻衣子の視界に飛び込んできた光景は、想像以上に下品だった。ベッドの上に、弘人が彩花を押し倒している。彩花のワンピースは肩から大きくずれ、胸元が露わになっていた。弘人のシャツはほとんど脱げ落ち、彩花の太ももに手が這っている。「っ……!?」弘人が驚愕の顔で振り向いた。彩花が甲高い悲鳴を上げる。「え……麻衣子さん
麻衣子は洗い物の最中、ふと手を止めた。キッチンの時計はすでに午後11時を回っていた。弘人と彩花はリビングでワインを飲みながら、楽しげに笑い声を上げ続けている。二人が家に帰ってきてから、もう5時間以上が経過していた。「おい、麻衣子! つまみはまだか?」弘人の苛立った声が飛んでくる。麻衣子は慌てて新しいチーズと生ハムを盛り付け、トレイに載せてリビングへ運んだ。「申し訳ありません、お待たせしました」彩花がソファに深く腰掛けた弘人の膝の上に寄りかかりながら、麻衣子を見て嘲るように笑った。「麻衣子さん、本当に頑張りますよね~。夫が愛人を家に連れてきても、こんなに一生懸命お世話してくれ